また贔屓にしていた選手が一人ユニフォームを脱ぐ。
1990年ドラフト1位で入団。有藤からカネヤンに監督が替わった年でよく覚えている。当時のロッテは個性的な選手を多く抱えながら、毎年最下位か5位の弱小球団だった。
そんな小宮山も二浪して早稲田に入学という異色な経歴の持ち主。入団後は、一年目から6勝と頭角を現し、千葉移転後最初の開幕投手を務めるまでのエースへと成長した。しかし、1999年には誤解から話が拗れて戦力外通告(横浜へ移籍)。その後、メッツ~解説者を経て奇跡のロッテに再入団。合計3年も浪人したプロ野球選手は他に例がないだろう。
1995年のオリックス胴上げ阻止3連戦など、記憶に残る試合も数多く、晩年の代名詞ともなった「魔球シェイク」など、その魅力は尽きない。
引退は残念だが、50歳を前に電撃復帰!ってなことが無いとは言い切れない選手なので、密かに期待している。