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2009年08月の記事は以下のとおりです。

■EM・ONE (by SHARP)
厳密に言うと電話ではないが、一応これも。EMOBILEのサービスインに合わせて衝動買い。圧倒的な通信速度で出来ることが広がった。但し、通話が出来ないので、別途NINEを持ち歩く必要があった。2年縛りを半年残して売却。通話が出来るEMONSTER LITEに乗り換え。

■EMONSTER LITE S12HT (by HTC)
もう普通の携帯電話と見分けが付かないサイズで通話も通信も可能。スライドで出てくるテンキーも良かった。海外での発売からある程度時間が経過していたので、多少設計が古い印象があった。TOUCH DIAMONDに乗り換えるため売却。

■TOUCH DIAMOND S21HT (by HTC)
より小さく、より薄くを求めて、ヤフオクで程度の良い中古を購入。モバイル端末としてだけではなく、ワイヤレスモデムとしても活用。キーボードは無くても大丈夫。不満点は記憶容量が小さい点とバッテリーの減りが早い点。

番外編
■UD03NA (by NEC)
UQWiMAXのモニタに当選。試用期間だけ試させてもらった。普段PCを持ち歩かないので、あまり出番がなかった。

■W-ZERO3(by SHARP)
2005年12月製造。日本初の本格WINDOWS MOBILE携帯として鳴り物入りで登場。定額常時接続のプランと合わせて、一部で熱狂的なブームに。携帯電話の使い方を全く変えてしまった歴史的な一台といえる。壮絶な予約合戦の末、発売日に購入。散々使い倒した後、アドエス購入を機に売却している。

■NINE(by KES)
2006年12月製造。通話とメールとWebをこなすシンプルイズベストな小型端末。必要最小限の機能に適度な処理能力。未だ現役バリバリ。


■Advanced/W-ZERO3 [es](by SHARP)
2007年7月製造。正常進化を遂げたW-ZERO3シリーズの三代目。フルキーボードを搭載しながら、電話として使っても違和感の無いサイズとなった。某大手家電量販店で完全に衝動買い。WM機をEMOBILEで一本化のため売却。来月、やっと2年縛りが解ける。

■V401T(by TOSHIBA)
2004年4月製造。古い端末をしつこく使っている内にJ-PHONEがVodafeneになっていた。この端末の新機能はテレビ。とはいえワンセグはサービス開始前。付いていたのはアナログチューナーだった。ヘッドホンのラインがアンテナになっており、あちこち角度を変えたりしながら苦労したし、電車内は全く使い物にはならなかった。それでも、外に居ながらテレビが見られる事が衝撃的で、電話としての役目を終えてからも持ち歩いてポータブルテレビとして愛用した。


■702NK(by NOKIA)
2004年12月製造。今やすっかり定着したスマートフォンの走り。一般的な携帯電話に比べれば、性能は劣るし、使い勝手もあまり良くない。特殊なメモリや端子を使っている等、癖がある海外端末。
怪しげな非純正外装に丸ごと交換できたり、自分好みにアプリケーションを追加したりと、あり得ないほど自由度が高く、楽しい端末だった。


■W33SA(by SANYO)
2006年1月製造。V401Tが壊れたので、ワンセグ目的で当時一番安かったauの旧モデルを購入。結局、数ヶ月使った所で、テレビを別の方法で見られる事になって解約したが、現在も高機能目覚まし時計として運用中。

無死満塁で代打・神戸。やっぱりか。
もうバレンタインの左右病には溜息も出なかった。外野フライでも同点の場面、経験豊富な堀の方が得点できる確率は高い。そんなことは、得点圏打率、二軍での成績、三振率等々の数字を比較するまでもなく誰の目から見ても明らか。10人の指導者が居れば10人共、そのまま堀を打席に送るだろう。結果はサードへのファールフライ。
続く早坂が浅いレフトフライに倒れて、無得点のまま二死満塁。バッターは橋本。当然、楽天ベンチは左へスイッチする。
普段からの左右病のお陰で、左投手との対戦歴が異常に少なく、数字も残していない上、シーズン通して打撃不振の橋本。この場面は代打が定石だろうが、あろうことか控えのキャッチャーが居ない。(里崎は体調不良で離脱中。田中雅も左右病スタメン→七回に左右病代打。)
ベンチから出てきた監督は橋本の肩を揉むだけしか出来なかった。セクハラ上司か?そして結果は三振。こんなもん采配ミスでも何でもない。只機械的に左右病采配をやって行き詰まっただけ。

こんな糞監督にも本人曰く、来期のオファーが沢山来ているらしいではないか?来期のためにもじっくり休んで、鋭気を養うべきでは?もしくは、左右病同様、機械的に成績の悪い日ハム戦、オリックス戦、ビジターゲームでは監督の権利剥奪、采配禁止でどうか?五位は堅い。保証する。

■DP-134(by KENWOOD)
1998年製造。社会人一年目に買い換えたのがこの携帯電話。今は亡き芝大門のダイエーナウ メディア館で買ったのをよく覚えている。
東京デジタルホン→J-PHONEへの移行期に出た端末で、確かCMは藤原紀香だった。周りはDoCoMoを使う人が大半の時代。波打つデザイン(ドルフィンライン)とライトブルーメタリックなカラーが異彩を放っていた。剛性感に欠け、裏蓋からの軋み音が気になった。


■J-T02(by TOSHIBA)
1999年7月製造。通話だけではなく、情報端末として進化し始めた時期。一度に表示できる文字情報が増え、カーソルキーが搭載された。また、着メロがダウンロードできる「スカイメロディー」に対応。シンプルで洗練されたデザイン。大事に使っていたのか?あまり傷が付いていない。

■J-T04(by TOSHIBA)
2000年6月製造。256色カラー液晶と4オクターブ3和音着メロに飛びついた。近くにシルバーの在庫が無く、川崎のJ-PHONEショップで機種変した記憶がある。辞書も強力で多機能な端末だった。ただしボタンが小さくて押しにくかったのと、アンテナが尖っていたのがあまり好きではなく、使用期間は短かかった。


■J-SH04(by SHARP)
2000年11月製造。日本で最初にカメラを搭載した携帯電話。着メロも16和音まで進化し、一通りの機能が全部乗った。非常に満足度が高かったのと、この頃から折りたたみ型が主流になったので、機種変せず3年半使った。(ちなみに、折りたたみ型は今でもあまり好きではない。)一部塗装が剥がれボロボロ。

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